1 世界@名無史さん :2001/02/03(土) 01:03
だけど、登場するのは王族や貴族の話が多くて、一般庶民の生活ってどんなものだったかわかんないんですよ。
どなたか詳しい方いらっしゃいませんか?
ケン・フォレットですね。
教区教会と修道院が張り合うはなしで、日本の感覚からは、へ?
っていうシチュエーションだけど、あれはおもしろかった。
「ビロードの悪魔」なんて、軽くていいと思いますけど、どうですか。
でも、あれって、時代背景は中世になるのかな?
「ビロードの悪魔」みたいなSFでいいなら、「タイム・ライン」
もいいと思うよ。
ケン・フォレットの「大聖堂」?
さすがに建国200年余のアメリカ!もろアメリカナイズされたヨーロッパ。
繊細さのかけらもないむき出しの攻撃的な内容や、もろヌメヌメのハードコア
なエロさはまいった・・・・あんなのなら、アメリカ開拓史の歴史小説を書けば
よかったのに!
中世ヨーロッパはもっとロマンがあったはずだぞ!
それにしても、××した後の×××が彼女の××××からぬるりと・・は
参ったな・・・・・。
男は殺せー女は犯せー
・・・つい最近までやってたぞ。
童話での悪役と言えば継母だけど、中世は継母が本当に多かった。
6割ぐらいだったかな?ヘンゼルとグレーテルは実母だけど。
平均寿命は20才とか30才なので、15才程度だった古代文明
よりは進歩してたのかな。暗い時代とはいえ。
「ヨーロッパ中世~近世」+「ゲルマン神話」+「アメリカ人の妄想」+「日本人の妄想」でしょう・・。
「ぱふぱふ」の語源をおしえてください。
といってもルネサンス以降の時代が好きだから
厳密には中世じゃないのかな。
ベネチアはイスラム世界やコンスタンチノープルと交流してたおかげで、中世ヨーロッパとしては珍しく文化的な生活をしていたようです。っていうか当時のベネチアはヨーロッパのうちに入らないかもしれませんね。文化的孤島。孤高の存在。
強力な海軍を持っていたようだし。
最初のころは中世の香りを感じられた。
77巻はまだか!
じゃなかった、グインサーガの世界は浄化されすぎですね。
食事のシーンにせよ、シモの話にせよ、臭くて汚いというのが、ヨーロッパ
中世の実態でしょう。
ルイの王太子妃としてフランスに入国する時、全裸で
フランス王国への忠誠を誓約させられたとかいう話が
ありますが、これって本当ですか?
お。なんかその羞恥プレイ、萌えるな。
エロゲーみたいで
古い話で恐縮ですが…
「ベルばら」で見た感じでは、オーストリア人からフランス人に
なるんだから、糸くず一本でもオーストリア製のものは持ち込むな、
みたいな感じで全部フランス製のものに着替えさせられた…とかなんとかでした。
寧ろ自分から積極的に変えようとしたと聞いた覚えがあるのですが。
「私は今日からフランスに嫁ぐのだからフランス語しか使いません」って感じで。
だから名前もオーストリア系のマリア・アントニアから
フランス系のマリー・アントワネットに変えた、とか。
イギリスでも18世紀くらいに公衆浴場つくって入浴を奨励したことが
あったらしいけど、はやんないんだよね。
キリスト教の影響。
ローマ時代はよく入浴していが、浴場での猥褻なサービスや
人前で裸を見せることにキリスト教徒が非難をして、
次第にヨーロッパから入浴の習慣は消えていった。
今でも彼らはシャワーで済ますことが多く、湯船には
あまり浸かりたがらないので、カラカラ浴場のような
ローマ時代を超える公衆浴場サービスはこれからも無いだろう。
それからヨーロッパ人は猫舌猫肌で熱いのは苦手。
きれいになると思うが、どうも自分はしようと思わない。どうして
もしろと言われれば、自分のならする。今だったら、「○子のおし
っこ」なんて写真入りで売られて、一部のマニアに人気が出ていた
かも。
尻は拭かなかったんじゃないの? 日本みたいに湿気ていないから、
ほっておいたらぽろぽろになって落ちると思う。あるいは、へらの
ような物で取っていたかも。
1は今頃絶対グレているぞ。だれか、ヨーロッパ中世はこんなにす
ばらしい、というのを書けないか? こう言っておきながら、私は
何一つ浮かばない。
責任をとって俺が書いてみましょうか。
でもここで言う中世ヨーロッパって、
・(キリスト教の影響を受けながらも)ギリシア文明を守ってきた東ローマ帝国
・ローマ時代の遺産を抱え、交易を通してイスラム圏と交流のあったイタリア諸都市
・ムスリムに征服され、その文明に浴したイベリア半島
を除いた地域ですよね。しかも庶民。ちょっと苦しいですが…
中世ヨーロッパの美点は、「周辺としてのたくましさ」にあると思います。
ローマ時代に整備されたインフラはゲルマン人が自ら破壊し、教会の専制的支配によ
って自立的発展も阻害されるなど、中世ヨーロッパはあらゆる意味で“文明”からかけ
離れた状態にありました。
だからこそ、庶民の文明を求めるエネルギーが強く育っていったのだと言えます。
十字軍の遠征は庶民や騎士階級の自発的な行動によるものが大きいですし、バイキング
がバルト海からロシア平原を縦断して東方文明の産物を得ていた事などは、もはや執念
と言えるでしょう。
こういった諸々があって初めて大航海時代以降の大発展があるわけです。
ま、つまり、ヨーロッパにとって中世というのは後の飛躍のための長い長い助走であっ
たと、、、(あんまり誉めてないな)
ヘンゼルとグレーテルがリアリティたっぷりの世界だ。当時はジャガイモが無いことも忘れてはならない。
1に関係した話題だけど、指輪物語系統のエルフはイスラムを反映してるらしいね。
ヨーロッパ中世で素晴らしかったのは…音楽はどう?
教会というパトロンのおかげで、音楽・絵画・彫刻といったものは
他地域と比べても大きく発展しましたね。
バスク民族独立派に暗殺されたとき、犯人の<中世の拷問器具>をつかった
処刑をおこなったらしいね。
ローマ法王から非難くらったくらいの。
過去の遺産を現代につたえる精神が素晴らしいです。
我輩、あまり大声じゃ言えないが、グリューネワルトやボッシュの例の
残酷絵図大好きじゃ。
中世ってのは、神と人と教会が一体になって<個人>がいないぶん、
<個人の死>もまた点景となる無情さが好き
それはガロッテのことですか?
カルメンを殺したホセがガロッテにかけられましたね。
ガロッテって何ですか?「鉄の処女」みたいなもの?
ドイツの古い小都市ならまさにそんな感じでは?
そりゃ78000円でいく「6泊7日グリム童話・ハンザの古都ツアー」
になっちゃいますなあ。(好きだけど)
やはり現実は、臭くて陰惨で、夜盗や精霊や人狼の
恐怖におぼえる都市生活だったのでしょう
牧歌的に美化されてるけど、当時の服装とか建物とかよく分かってよいと思う。
>ブリューゲルなんか中世の生活を知る資料としてよいのでは?
ブリューゲルは16世紀も後半、中世が終わってるころの
画家でしょ。(そういえば、阿部謹也は「子供」という概念
がなかったという例証で挙げているが)
長引かせるものです。
まさか20世紀のスペインで火あぶり、車裂きもないでしょうから、ガロッテ
でしょうな。断頭台ってのは、まだどこかつかってますし、ローマ法王までは
でてこないでしょう
ガロッテの解説ありがとう!
>>108
マジですか?????そんなこと、確認可能???(汗)
そのなかでも、トルケマダって人物が数千人単位で処刑した
人物。
石を抱えて井戸か池に沈めて、浮かんできたら魔女浮かんで
こなかったら無罪とかやってたらしい。
つまり浮かんでも沈んでも要するに死ぬ、ト。
トルケマダが処刑した人数というのは正確にわかっているのでしょうか。
聖バーソロミューの虐殺の場合、資料によってやたらに数字が違ってたんですけど。
私個人としては異端審問の結果処刑された人数なんてのはまさに闇の中で、
正確な数字はわかんないんじゃないかとは思います。
新婦にちゃんと中田氏したかどうかまむこおっぴろげて
両家の人間が確認したんだってね。
結婚初夜の翌朝に、シーツに○液がついているかどうかで
ちゃんとヤッたかが確認されるというのを
なんかの本で読んだ覚えがあるのですが、どうでしょうか?
その理由で、婚前交渉が実際に抑制されていたというのを人口史の本で読んだ
ことがあるぞ。
てゆーか、連中は肉ばっか食ってるから生産効率が低かったんだよ!
ローマ人のようにパンと野菜と魚食ってりゃ、もうちっと豊かに暮らせただろうに。
ま、肉食のせいで胡椒を求めての大航海時代が始まったわけだが。
いや、彼らの肉食を贅沢というのは当たらない。
むしろ貧しかったからこその肉食という面もあった。
耕地として利用できない森で豚に木の実を食わせる。
耕地にはならないが草は生えてる土地で牛に草を食わせる。
北の方はいわゆるパンは食べられない。そういうところではライ麦を作って、黒パン
を作って食べる。黒パンは、普通のパンよりもまずいもので、「アルプスの少女ハイ
ジ」で黒パンがすごくおいしそうに描かれているけれども、実際はまずいもの。日本
で売っている黒パンは、白パンにカラメルで色を付けたもので、別物。日本人だと
まずくて食べられないそうです。
ライ麦も作れない所はそばを作り、それを粉に引きクレープを作る。今でこそクレ
ープはおしゃれな食べ物だけれども、本来は貧乏で悲惨な食べ物。なお、クレープは
あの皮に果物を挟んだもので、野菜や肉を挟んだものはガレットという。
あるいは大麦を作りそれを粥にして食べる。オートミールといい、これもおいしく
ない。大きな食料品店に売っているので、一度食べてみるのも一興だと思う。
ヨーロッパは料理がかなり発展しているが、この理由として、ろくに食べるものが
なく、新鮮なものも手に入りにくかったため、半腐りの食べられそうにないものをい
かに食べるか、という要求によるもの。だから、原形をとどめないほど手を加えたり、
非常に味の濃いものが多い。シチューなどが典型的。ソースが発展したのも同様の理
由。
中世は新大陸発見以前なので、当然新大陸原産のトマト・トウモロコシ・チリペッ
パー・じゃがいも・サツマイモはない。ヨーロッパの食生活からこれらを抜くと、い
ったい何を食べていたのか想像がつくだろう。すなわち、ほとんど食べるものがない
ということ。せいぜい、野菜はキャベツやカブ・人参などくらいだった。新大陸発見
でヨーロッパにやせた土地でもできるジャガイモが伝わり、ヨーロッパ人の多くが救
われた。
農業形態は三圃式という。土地がやせているので、土地を三つに分け、一つで穀
物を作り、もう一つではカブを作る。もう一つでは土地を休ませ、そこに牛などを
放し地力の回復を行う。穀物は、北では大麦やえん麦、南では小麦などをつくる。
で、このパターンを一年で一つずつずらし、三年で一回りする。なぜ、こんなめん
どくさいことをするかというと、緯度が北なので太陽光線が弱く生物の死骸が分解
しにくいことと、氷河期の影響で表面の豊かな土壌が削り取られたため、土地が
やせているから。
食べるものがないので、今でいうファーストフードどうこう以前に、食べるもの
がなかったと言った方がいい。
食べ物についても、かなり悲惨です。ますます『指輪物語』から離れていく。やはり、
1さんは非行に走るかもしれない(涙
お疲れさま。いまさらだけど、ちょい訂正。
> あるいは大麦を作りそれを粥にして食べる。オートミールといい、これも
> おいしくない。
オートミールにするのは、オーツ麦(燕麦)ではないかと。あと、three field
では、春蒔き穀物(大麦・燕麦、場合によって小麦)と秋蒔き穀物(小麦・ライ麦)
と休閑地、だったと思います。大麦がとれるところでは、エールやビールもたぶん
重要な栄養源だったでしょうね。
オートミールの件は、ご指摘の通りです。
三圃式の件は、時期によって多少違いがあるようですが、どうでしょうか。また、
場所による差もあるような気がします。
ビール・エールについては、比較的最近まで食事はビールを飲んであとパンとスー
プ、といった話を聞きますので、重要な栄養源だったでしょう。
ご指摘、ありがとうございます。
>>1
おそらくクッキーのようなものはあったと思います。穀物を水で練ってオーブンで
焼くとできますので、手短な食べ物として食べられていた可能性は高いでしょう。
ただ、今のようにバターやミルクたっぷり、といったものではなかったと思われま
す。
1さんがぐれてなくて良かったです(笑
のスレ趣旨からはずれる。世界史板の騎士たちよ。ヨーロッパ中世で
いちばん幸せな一般庶民を探索するという使命を授けよう。行け。
おお、My Load King Arthur!!
聖杯探しのついでに庶民の生活を探ってきました。
中世で幸せな庶民…それは16世紀までのバイエルン王国の国民だったようです。
ドナウ川の橋をことごとく落として、ミュンヘンに塩(岩塩)の権益が集中する
ように仕向け、またバイエルン自体は戦争していたが、首都ミュンヘンはのんびりと
したものだったそうです。
私もすっかりビールに酔ってしまって…うぃっく!失礼。
では聖杯探しに再び…はいよぉ~!(パカラッパカラッ…パカラッ…)
どうでもいいが、「パルジファル Parsifal」はヴァーグナーの楽劇上
の人物。この人のいい加減な語源の解釈によって生まれたもの。君が
言いたいのはペルツィファルParzival、或いはペルスヴァルPerceval
でしょ。
その通りだが、ただ単に世間的に通りの良い方を使っただけの事。
映画「エクスカリバー」でもパルジファルだったしね。
魚醤というか本物のしょっつるなら、慣れれば醤油より美味いよ。生臭いけど。ナムプラーなら結構スーパーで売ってないか?
中世日本には酢はあったし、味噌もあったし、醤油が無くても(痛いが)我慢できないこともないかも。少なくとも中世ヨーロッパよりはずっと良い。
でも清酒は無いんだよね。濁酒を料理に使うと甘くなりそうだ。
昆布とか鰹節とか煮干とかダシはあったんだろうか?素材から出るダシだけかな?
ひとまず絶対に存在した日本料理↓
新米の白飯
鮎の塩焼き
山菜の塩漬け
中世ヨーロッパはこの中世日本の至高のメニューを超えられるか!
芥川龍之介の小説に出てくる芋粥が食ってみたい。
清潔派
古代ローマ人 大浴場が社交場
江戸時代の日本人 銭湯が社交場
どの民族に限らず、海に素潜りする漁民
不潔
中世ヨーロッパ 一生風呂に入らない
イヌイット(エスキモー) 防寒のため体に獣脂を塗る。風呂に入ると死んでしまう
追加
清潔派
ムスリム ローマと同様に浴場(ハンマーム)が社交場。礼拝時に身を清めることが義務付けられている。
アメリカ人 風呂には入らないけど毎日何度もシャワーで身体を洗う。
ヨーロッパが一番不潔だったのは中世よりあとだよ。
15世紀から17世紀くらいと聞いた記憶が。
宗教的な理由だったらしいけどやっぱり
イヌイットじゃないけどおふろに入ると病気になるとか
性器を洗うなんて淫売のすることだとか
本気で思ってたようだよ
昔のヨーロッパは遠くにありて想うもの、だな(藁
醤油は味噌を置いておくだけでにじみでてきた。もちろん両方とも原
型の話だが味が極端に違うわけじゃないだろう。たま~には醤油味も
あったってことだ。
昔の庶民でいちばんうまいものを食ってたのは、世界共通に漁民だと
思う。塩に不足はない。魚が腹いっぱい。焼いてもいいし、ごっつい
鍋もできる。うお、幸せじゃん。
国王に忠誠を誓い
女性を敬う
と中学校のとき習ったが、アりゃ嘘か。
忠誠を誓うと言っても、ヨーロッパの封建制は契約だから、自分の果たすべき
義務が終われば、戦争中でも帰ったそうだ。結構ドライ。
この時代、町の治安はどのようにして守られていたんでしょうか?
騎士とは別に町ごとに警察がいたんでしょうか? そういう治安組織はあったので?
また上級貴族階級ではない下級騎士ないし兵士というのは有事ではない時は普段どの
ような生活を送ってたんでしょうか?
ちょっとスレ違いになるような気もしますが・・・・。
治安は裁判権を持ってた領主が担当したということで
良いのでは?自治都市なら独自の治安組織があったのだと思う。
それと下級でも騎士なら封建領主のハズだよな?
兵士は農民を徴収したんだから農民で良かろうと。
以上特に根拠があって書いてる訳ではないので悪しからず。
まぁ一口にヨ-ロッパ中世というが、長い期間だから
初期と末期ではかなり様子が違うよね?
指輪物語の雰囲気ならア~サ~王が活躍したあたりの時代
(伝説じゃなくて実在のな)
ならけっこう近いと思うんだがどうよ?
すくなくとも騎士道ってのは騎士が戦場では無用の長物になってきた時期に
出て来たもんだから1の目的からはあんまし気にしない方が良いであろう。
文庫クセジュ「中世フランスの騎士」によれば、
騎士階級と貴族階級は互いに利益を享受する関係にありながらも、
決して完全に混交することはない。
よって騎士=貴族という理解はよくない、と思う。
あくまで上記の本によれば、だが。
騎士階級/個人の平時の活動についても触れているので、
目を通してみてはいかが。
都市の治安については民兵団が門番や夜警を担当してたそうです。
村なんかは領主である騎士が警備してたんでしょうが……。
>>206
騎士の中には領地を持たず
俸給をもらうだけという騎士もいたようです。
「騎士(シュヴァリエ)」というものを作ったのは
シャルルマーニュみたいですね。
ローマ教皇のイメージ戦略に引っ掛かったような
部分が大きいような。
遅いが。>>212のように、都市の場合は市民団が結成され、成人男子はそれに
参加する義務があった。「都市の空気は自由にする」という言葉は額面とおりに
受け取れないが、市民という言葉が生まれたように、彼らは自治が基本であって
領主などに守ってもらうという考え方は強くなかった。
全般的に見て、どうも16世紀以降の話が混じってる気が……魔女狩りなんて大掛かり
になったのは16-17世紀で中世の話じゃないし、風呂も田舎などではともかく、都市
では木桶などで営業され、社交場として成立していたよ。
まあう○こは二階から捨ててましたが。
についてなのですが、ひょっとして、臭い汚い飯がまずいを除けば、意外と
正確だったりします?ジャンヌダルク付近の時代の話で、上のレスで出てき
たことがいくつか書いてあった気がするので、覚えている限り列挙します。
・少なくとも男は両刀使いが普通。美形を拒むとむしろ基地外扱いされる。
・獣姦も普通。山羊だか羊だかが人間に近くて良いらしい。
・メイドの役目の中には押し倒されるというのもある。
・ワインはそのままでは飲めない。生姜や砂糖で埋めて飲む。
・風呂にはちゃんと入っていた。
・ベッドは今のようなものではなく、むしろ上半身分が45度くらいに傾い
た椅子に近い(主人公は騎士になります)。しらみも多い。
・初夜は立会人の下による。その他に、事の後に女達は直接寝室の中の花嫁
を見て確認し、男達はシーツの上にもう一枚引かれた白い布が窓から投げ
出されるので、それに破瓜の血が付いているかを確認する。
・騎士になる前日は聖堂の中で一晩お祈り。
・剣を習い始めるのは8歳前後。
・シャルル8(?)世(即位前)は貧乏。パーティー扱いの晩餐ではパンば
かりが百花繚乱していた。
・シャルル8世よりもお金持ちな貴族もいる(システムを考えれば当たり前
ですが)。
・その上彼はなにやら血統的に三重苦らしい。
・貴婦人(特に上官の)を敬わなければならない。プラトニックなら恋愛も
OK。
・騎士号は世襲制ではなく個人に与えられるもの。
・血統では先に血を流した方が負け。同じ聖書に口付けて誓いを立てて行う。
・戦争(都市を落とす場合)における皆殺しは本当に皆殺し。女、赤ん坊に
至るまで徹底的に皆殺す。
・逆に騎士同士の戦いはのんびりとしたもの。馬から落としたら槍なり剣な
りを突きつけて身代金の相談を行う。
中世ってやたら決闘するけどそのたびに殺しちゃうのかと思ってたよ
考えてみればこんな不都合な事は無いんだよなあ。
死ぬまでやるなんてそんな馬鹿なことはありません。
騎士は基本的にびんぼーです。相手を生け捕って身代金をがっぽがっぽもらわなきゃ
やってられませんよ。……逆に身代金破産もよくあるんだよ。
あっちにも首代引取人はいそうだ。
そしたら冬は冷えて仕方がないだろうし、陽も城内にはあまり入りませんよね。
なんとも健康に悪そう……って、これは城ばっかりに言えた事じゃないか。
寒さについては、薪や石炭やドンドン焚けば暖は取れるから問題なかったが、
問題だったのは照明だったらしい。
城に限らず、中世~近世ヨーロッパの建物は石か煉瓦造りで、
壁で建物を支える構造だから、窓が少ない。(窓を大きく取ると建物が弱くなる)
例え窓が大きく取れても、冬は寒いから窓なんか開けられない。
もちろんガラスなどないから、木の窓を閉めれば中は真っ暗。
昼間でも松明などの照明は欠かせなかった。
絶えず暗いので、暗いところを好むのネズミなどの繁殖には適していたため、
城や教会などの大きな建物ではネズミが大繁殖し、ペスト大流行の原因にも
なった。
一方、日本の家屋は柱構造で、必ずしも壁は必要としない。
また、障子という建具があったため、室内は明るいのが普通。
現在でも欧米の家庭やホテルのどの部屋は白熱灯の薄暗い部屋が多い。
日本の家庭では蛍光燈の明るい部屋を好む。
(ホテルなどでは欧米風にしているから日本でも白熱灯の薄暗い照明になっている)
これは建築文化の違いから来ているらしい。
俺も、出張でホテルに長期滞在することが多いのだが、ホテルの暗い照明には
耐えられない。本を読んでいても目が疲れる。しかし、欧米人はあれの方が
落ち着くらしい。
ポーランドのマルボルクにあるチュートン騎士団の城が典型的レンガ建築。
源平時代の日本の武士と大差なし。
シマアラソイをしているヤクザみたいなもの。
正邪の判定がつけにくい場合、決闘をさせて勝った方に神のご加護があったとする
・・・・・・ほとんどクガタチやヌレギヌと同レベルの裁判。ただし、実力があきらかに差
がある場合、片腕を使わないようにしたりいろいろと制限をつけるのだとか。これを
「ハンデをつける」と言い、西洋スポーツマンシップの原型とみなす(個人的に)。
参考文献・原書房『拷問全書』
「ハンデ」だと日本語では?
元は英語のハンディキャップ(スペルが判らん)で、そのまた語源は
英国で競馬を行う時に馬の強い・弱いをランダムにするために馬に乗せる
重りの大きさをくじで決めた。
で、そのくじのやり方が乗馬帽子に重さを書いた紙切れを入れて,
かき混ぜてから一人ずつ取り出す方法だったので、「帽子に手を入れる
(Hand-In-Cap)」と呼んだのがはじまり。
だから、近代競馬以前に遡ることはないので、せいぜい18世紀以降
では?
ハンディキャップは、
条件を決める者が持つ帽子に二人のジョッキーが金を入れ、条件を述べる。
その条件で勝負するなら金を掴み、降りるなら金をつかまない。
一方だけが金を掴んだら掴んだ者の勝ち、両方とも掴んだら競走、
両方とも掴まなかったら、条件を決めた者が取る。
だったとか。
また、実力通りにいくとは限らない近代競馬
(スイープステークス、6歳以下程度の若い馬による競走、
2マイル以下中心の短距離戦)で行われたと考えるより、
強いと相手してくれなくなる時代でハンディキャップが出たようです。
それと、距離によるハンディキャップというのも、初期の頃はあったようです
(オートレースみたい)。
出典は忘れました(大学時代に図書館で借りただけなので)。
19世紀末のイギリス人による競馬解説書の和訳と、
レーシングカレンダーの一部を紹介している本でした。
中世ではないので、さげときます。
ご指摘ありがとうございます。
「ハンデ」云々に関してはあいまいな記憶を埋める形で書いたので、間違ってるとは思って
ました(無責任)。
決闘の際に力の差を鑑みて制限をつけると言う制度は確かにあったようなんですが、手元
に資料が無いのでいつ頃からとか何処でとかはちょっと解りません。いくらなんでも、こん
な裁判を近世にやっていたとは思えませんが。
かなり遅レスだけど、ハンバーガーはひょっとしたらドイツ生まれかも知れない。
「第二次世界大戦の時、フランクフルトソーセージの名前を(アメリカでは)変えたのに、
ハンバーガーは何故かそのままだった」とか言う文章を何かでよんだことがある。
そりゃ確かに「ハンブルグ」と読めないこともない・・・・・・かな。
ハンブルグが語源なのはハンバーグでしょ。
ハンバーグを使った料理だから「ハンバーガー」だと思う。
ハンバーガーの方が先と言う説もあり。
ドイツからアメリカへ渡る船内で、アメリカ人コックが保存用の肉(腐敗対策のため
香辛料と混ぜたひき肉)を焼いてパンに挟んで食べたのが始まり。
その時の船がハンブルグ発だったためにハンバーガーと名づけられた。
まぁ、そう云う説もあるってことで。
中世ヨーロッパには、穀物は何が食されていたのでしょうか。
麦は大麦とか、黒麦とか、細かい所まで教えてもらえるとありがたいです。
何かの小説(中世ヨーロッパ背景?)ではイモが登場していたんですが、
この時代にイモは食されてなかった…ですよね??
主食は黒パンなのでライ麦でしょう。
254 244 :2001/05/12(土) 00:04
うわ!興味そそられる本ですね。サンクシュ。
お金入ったら買いたいなぁ。
クロワッサンは何処発祥だったっけ??
ヨーロッパじゃないよなぁ…
この疑問もきっと載ってるといいな。
たしかべーグルはイスラエル発なんですよね。
クロワッサンは、
オスマン朝のシンボルである三日月を象ったものと聞きましたが・・・
その本に載ってるかな?
クロワッサンは、1683のウィーン包囲の時にできたんですよね。
ちなみに包囲を解いて退却したトルコ軍の忘れ物にコーヒー豆があり
それがウィンナーコーヒーの初め
時々発生したそうです。
これは脳を犯すかなり危険な物質だったらしく、時々
中世ヨーロッパではこれが原因で狂い死にする患者がいたようです。
LSDはこの麦角の分子構造から作られたという話です。
ライ麦病ってのを聞いたことがあるけど、別物ですか?
大航海時代、食料として持ち込んだライ麦パンで
航海士が中毒死して幽霊船伝説ができた、とか・・・
同じかもしれませんね。
狂った船員達が海に次々飛び込んで無人船になったとか?
独逸・ハンブルグは「ハーンの町」という意味。
もちろんチンギスハーン・フビライハーンのハーン。彼等の支配下にあった。
当時ハンブルグに駐屯していたのはハーン配下のタタール人達。
彼等遊牧民は朝、馬に乗る時生肉を鞍の下に挟んでおき、夜ぐちゃぐちゃに
つぶれたその生肉を食べていた。それが今のタルタルステーキ。
それを見ていた独逸人だが彼等は生肉を食べないので生のひき肉を丸めて
焼いて食べた。それが今のハンバーグステーキ。
ちなみに京都もう○こ臭かった
う○こに加えて、魔女狩り前から死体・白骨がゴロゴロ。
ペスト流行時代、魔女狩り時代、さらに死体の山。
現実は厳しいよ。
良くペストで全滅しなかったね。
苦しみを長引かせるために、最低限度の食事、
ワインと黒パン程度は与えていたそうです。
建物の壁に付けられた金具の高さ
人の手が届く高さで、領民のストレス解消に殴る蹴る。
通行人がナイフで刺す程度は当たり前、
イベントも兼ねていたそうです。
本当に現実は厳しい。
江戸時代の日本も同じでは?市中引き回しの上獄門なんて、一種のイベントだったらしいし、庶民にとって。
特に、人々のメンタリティーは現代人そのもの。
そりゃしょうがないけどな。
ちゃんとキリスト教の基礎を知ってる人すらどれだけいることやら。
とある漫画でシスターが水晶占いを教会でやっていてぶったまげたよ。
(それはライトファンタジーではなく、現代が舞台だが)
キリスト教の基礎を言い出すと、
「神の名をみだりに唱える」新約聖書以降の宗教観って既にファンタジーだろ。
現実はちゃんと神学論争を経て聖人崇拝が出てきたわけだが、
フィクションの世界では旧約から何からすっとばすからおかしな話になる。
新興宗教みたいなうすっぺらな教義か、
現物支給な奇跡降臨ものしか見ないよ。
>宗教的な自己のアイデンティティを守るための物だった、という説明
うーん。私の理解では、そんなにもっともらしいものではないと思います。
歴史背景として、宗教改革の頃の社会変動があります。
特に都市部で、急激に成り上がる人物(家)や、急激に没落する家が増えます。
宗教改革自体、こうした社会・経済変動の新興層に支持されて教線を伸ばした面があります。
ルターは農民との結びつきが強かった、など一概にも言えないのですが。後から過去を振り返ると結果的に歴史はそのように推移しました。
で、魔女裁判なんですけど、旧教の信者と新教の信者がせめぎあう地域の、発展と社会変動が共に激しかったと思われる都市部を中心に激しかった、とする整理があります。
もちろん、ここに、教会権威や世俗権力などの要因が加わるので、うえも一つの歴史解釈なのですが。私は説得力がある解釈だと思います。
うえの歴史整理を踏まえると、「魔女裁判」は、宗教改革で宗教的世界観が揺らいでいた時期に、社会変動に対するマス・ヒステリーが噴出し、異端審問官が演出した事象、とでも整理できると思います。
極端な事例(事例数は少ないですが)だと、都市で成り上がった人物が、「あれは悪魔と契約した力で成り上がれたのだ」的噂と、噂に基づいた密告で告発される、などですね。
この類が、マス・ヒステリーと呼んでいる事態の典型例です。
日本でも中世にはあったみたいですよ、初夜権。
中国とかはどうだったのかな?
遅レスですみません。
中国では農民は地主のところの奴隷を買って妻にしていた例が多く
その場合はお手つきは覚悟のうえです。
ただし初夜権は特になかったようです。
チベットではラマ僧が初夜権をもっていました。
なぜ僧侶に初夜権があったのかまでは知りませんが。
チベット密教の修行の中で最高峰とされる「秘密集会派タントラ」では
「性的ヨーガ」を実践してマンダラを生成せよと説く。
なにせ「秘密」と銘打たれているだけに詳しくはわからないけど
どうも女性の生命エネルギーを使って空性に近づくという考えらしい。
で、このときの行者の性的パートナーになる女性は
16歳の処女がもっとも最適であるとされるんだそうな。
おそらくその「修行」のためでは?
ただし、ダライ・ラマの属する最大の宗派ゲルク派では、
戒律を破ることになる性修行はしてはならないに説いているので
現在ではほとんど観想によるヨガ行しかなされていないと思う…。
Hはオフィシャルには正常位しか認められてなく、
うっかり違う体位でしたことを神父様に告解すると、
かなり厳しい贖罪を科せられたとききました。 ほんとうですか?
ほんとうです。
長い中世を通じて常に、ではありあませんし、ヨーロッパの全域ででも
ありませんが、そうしたことが行なわれた地域があったのは本当です。
もっと極端な事例では、セックスするときに、男も女も局部に穴を空けた
シーツを被ってしなくちゃいけなかった、なんて話も伝わってます。
さすがにここまで神経質なのは永続きしなかったと思いますけど。
やっぱり本当なんですね。
薔薇物語をちらほらと読んでると
皆さん結構 恋愛を楽しんでいてそんなに悪い時代ではないな、
と思いましたが最後がそれだとちょっとね・・
坊さんに告解したら罰を与えられたのは、事実です。
しかし、黙ってれば解りはしませんからね。
実態は、相当乱れていたようです。
でなければ、ルネサンスになった途端、アレツィーノや
チェリーニが流行り出すはずはないでしょう。
>薔薇物語をちらほらと読んでると
>皆さん結構 恋愛を楽しんでいてそんなに悪い時代ではないな、
>と思いましたが最後がそれだとちょっとね・・
あぁ。それは多分認識が逆になってると思いますよ。
男女交際一般ではなくて、西欧的な恋愛のスタイルが形成されたのは
中世の後半からです。
よく画期として挙げられるのは『アヴェラールとエロイーズ』とかですよね。
それから、西欧的恋愛を準備した者としては中世の吟遊詩人(トゥルバドール)の
活動などが考えられています。
この分野での歴史研究には、ミッシェル・フーコーの『性の歴史』とか
阿部欣也の『西洋中世の愛と人格』などがあります。
よーするに、古代ローマ時代の広域交易網がズタズタになっちゃって、
食量供給とかもままならなくなっちゃったヨーロッパ内陸部都市に
ゲルマンの蛮族どもが大挙してやってきて、フン族に防戦するんだ
ってことで居座ちゃった。
贅沢なローマの風習を続けるインフラも生活物資供給もないし、
新来蛮族と先住者の生活習慣を一からつくりなおすのにキリスト教会も
いろいろ苦労して、最初の内は変なこと(極端に禁欲的なこと)も
やっちゃったこともある。ってとこでしょう(笑)。
もちろん、ヨーロッパキリスト教がもともと禁欲的な傾向を強く持っていた
のも確かなんですけど。
「ヨーロッパ的恋愛」は中世の後半になって西欧社会に確立してくスタイルなんです。
中世にはトイレが無かったわけではないようです。
うちには建築関係の本がいやになるほどありますが、
調べてみると民家は解りませんが、お城にはトイレが
あります。
城壁をくりぬいて小部屋を作り、上に丸い穴を空けた
石のベンチを取り付けたものです。
ガードローブと呼ぶそうです。
お城の廃墟には、必ずあるものなので、トイレはあった
と考えた方がいいんじゃないでしょうか。
おおっ。中世ヨーロッパの印象が100倍よくなったよー。
しかし出されたものの処理はどのように?
下に排出用の穴があいていて外に垂れ流すとかですかね
外壁のは外にせり出す形になっていて、堀の中に垂れ流しです。
内壁の分は居室とつながっていて、下の汚水層にたまるように
なっていました。
こちらは、定期的にくみ上げて掃除していたようです。
訂正します。
外城壁と内城壁です。
中世の城は城郭の外にさらに城壁をめぐらした二重構造に
なっていました。
外城壁は平時は見張りのために使うだけで生活するところではありません。
こちらのトイレは余り使用しなかったはずなので、
垂れ流しでもさほど問題なかったのでは。
ついでに、風呂についても書いておきます。
15世紀半ばの「すみれ物語」という絵物語があって
ヒロインらしき女性が(断片なので詳細は不明)
風呂に入っている場面があります。
その風呂というのが楕円形のただの桶で
両端に取っ手のようなものが付いているので
持ち運びしたようです。
登場人物の服装や部屋の様子からみると
王侯貴族ですが、どれくらいの頻度で入浴
していたかは別にしても、設備はお粗末なものです。
(西暦700から1200年ぐらいを中世と思ってよいのでしょうか・・・)
ちょっとロマネスク時代の絵画(イコン?)に最近魅力を感じるのですが、
作者名とか全然記されてないですよね。
ゴシック時代とかでは画僧と呼ばれるイコン製作専門の僧侶が祭壇画なんかを
手掛けていた様なのですが、ロマネスク時代にもすでに画家のような専門職が存在
していたと考えて良いんでしょうか・・・
誰かご存知の方いらっしゃいませんかーー??
中世は、普通西ローマ帝国の滅亡からルネサンスまでですね。
イコンは聖画像ですが、カトリックではルネサンス以降のものはイコンとは
いいません。
画僧としてはフラ・アンジェリコの名が伝わっていますが、それ以降は
俗人の画家しかいませんね。フラ・アンジェリコは例外的な天才です。
ギリシャ正教(現在は色々な呼び方がありますが)では、今でもイコンと
呼びます。ビザンチン様式の画きかた、形式が決まっています。
作者は修道士、修道女と考えるのが適当でしょう。
日本人の画僧(尼僧ですが)で、山下りんという人がいます。
美術学校でイタリア人の教師について学び、ペテルブルグでも修行しました。
エルミタージュ美術館でラファエロやボッティツェリの絵を見て、影響を
受けたため、ギリシャ正教会と対立したこともあります。
この人のイコンは日本国内に多数残っていますが、すべて無記名です。
313年のミラノ勅令の年を中世の始まりとみるほうが妥当です。
アマノさんありがとうございます(^^
ルネサンスまでが中世と考えてよいのでしたら、つまりゴシックも中世の中に
入るわけですね。
と言う事は、ジョットやチマブーエも中世の画家だったんですね。
いったいいつから僧侶が聖像画を描くようになったのでしょうか。
ロマネスク、ビザンチン以降にも聖像画を描く職業の人は存在しましたっけ?
ルネサンスは境目なんですよ。
政治面から見ると、ジョット―やチマブエは中世人ですね。
キリスト教は偶像禁止なんですが、ローマの彫刻やフレスコ画の
技術は辺境の布教には、ものすごく効くんですね。
なんて立派な神様だろう、さぞかしご利益があるに違いないというわけで。
カトリック教会が確立するまでに、偶像崇拝は度々問題になってますから
分派闘争の激しかった頃、教会の内部の人が画くことになったんじゃ。
ルネサンス期のカトリックは偶像ではなく、神や聖人を偲ぶための
手段だといっています。現在も同じ意見です。
差は無いでしょう。
現代人は過去の知識が積もった小山に立っているから、
物事を遠くまで見ることが出来るだけで、知能は5000年ぐらい前の人変わらないと思う。
タイムマシンで、アリストテレスとかダビンチを現代に連れてきても、
やはりすごい結果を残しそう。
特に政治家なんかは、時代に関係無く通用すること間違い無し(w
シェイクスピアとかエリザベス朝演劇をリアルタイムでみて
やんややんやしていたロンドンっ子から貴族たちって!
最近思って鳥肌たった。
いや、例えば、ビートたけしのお笑いや映画をリアルタイムで享受してるのって
100年後の視点からすると結構すごいことなのかも。
一人はローマの貴人の女性で、一人は500年前の足に障害のある貧民だったそうな。
シェークスピア見たのかな?
500年前だと無理かな。
シェイクスピア見ていたらいいなと思いますけどね。
なんか入りにくい雰囲気だけど書かせて下さい。
中世ヨーロッパの音楽ってビザンツから輸入されたんですよね。
古代ギリシャ・ローマの音楽っていうCD持ってるんだけど、
中世ヨーロッパの音楽との間は隔絶している感じがする。
僕は中世ヨーロッパ音楽が好きで中学生の時からCD店の古楽コーナーに通ってました。
初期に買った
The Early Music Consort of London (David Munrow) "MUSIC OF THE GOTHIC ERA"
とか
Ensemble Gilles Binchois "LE BANQUET DU VOEU 1454"
(↑これは大英博物館で買った「中性の饗宴」の英語版と一緒に)
とか、あとギョーム・ド・マショーの楽曲とか今でもたまに聞きます。
どうでもいいけどサッカー選手のジダンって中世の修道士にぴたりとはまりません?
モーホーっぽいし・・・屍姦してそうだし・・・
「ウプサラの歌曲集」といえば、
スペイン音楽なのに何故ウプサラ?
という疑問を抱いたのは私だけでしょうか?
その後、印刷譜と知って納得しましたが。
「古代ギリシャ・ローマの音楽」って、、、。
たしか、かなり少ない資料で、無理やり再現されたやつですか?
あれ聞いて当時のまんまだと思ったらヴァカをみます。
その頃の音楽は、いまのところ再現不可能だといわれていますが?
信用のおけるCDなら、ぜひぜひきいてみたいです。
コアな中世ではないが、
私はクレマン・ジャヌカン・アンサンブルの、ラブレー的な世界が好き。
ミハイル・バフチンの影響で。
ミーハーでスマソ。
わざわざ麦にこだわって食糧事情を自ら悪くしているような…。
高緯度適応した穀物って具体的に何なの。
米はもっとだめだし、芋もトウモロコシもない。
かといって豆は煮るのに時間がかかって不便。
麦以外ないんじゃないの?
いたのですか?
騎士に仕える従者が、それに当たるのですか?
ポーランドの士族制度が日本のと似ています。
近世では全人口に対する割合も10%程度と殆ど同じ。
大名のようなものから郷士や庄屋のようなものまでいたことも同じ。
政治体制が、日本がより中央集権的だったのに対してポーランドは基本的に士族民主制でしたが。
ドンキホーテの場合(イダルゴ?)、
イベリア半島はイスラム世界との前線だから、例外?
イギリスのジェントルマンは本来郷士身分のはずですが。
貴族に相当するのは男爵以上でナイトは貴族ではないとのことです。
やつらは奴隷貿易に手を染めていた。
キリスト教徒がそんなことしてもいいのか?
相手がキリスト教とでなけりゃ奴隷にしても良いのか?
確かキリスト教徒でもローマ・カトリックから異端とされた人々
(例えば東方正教徒など)は奴隷にしてもいいことになっていたと
思います。
錬金術師の生活など、わかる方おられませんか?
また、錬金術師の扱いって一般から見たらどうだったんでしょうか?
普通の学者と変わらなかったと思う
ニュートンだってやってたしね
本当に良スレですね。思わず見入ってしまいました。
高校の世界史の先生が生徒に『ベルセルク』を薦めるなんて、
すごい時代になったな~と思いました。
(数年前、『日出処の天子』にも驚いてたけど)
でもこの本、細かい描写が本当に「正確」なんで、読んだ当時は
驚かされたんですよね。タイトル自体、十分コアだと思います。
こんな単語が日本語でメジャーになるなんて、信じられない…(^^
剃ってた? 生やしてた?
日本だと剃ってなかったみたいですね。
剃られるのは恥じだったとか。
ひげが薄いのを馬鹿にされた侍が
馬鹿にした人を斬り殺したという記事がある。
ひげの濃さは一種のステータスだったようで。
源氏物語に「髭黒の大将」という人が出てくる。
貴族社会で彼のような体育会系は必要な「武士」ではあるけれど
認知度は低い。
やっぱ「髭」を重んじるという社会は体力が重んじられる実力の世界なんでしょう。
武士の月代にしても「怒髪天をつく」という言葉にもあるように「髪」のもつ力の
封印・表現の制限なのかもしれない。
・・・世界史に戻ってください。しつれいしました。
中世ヨーロッパでは、老人や世捨て人を除くと髭ははやしていなかったようです。
髭が流行し始めたのは1500年頃からのようですね。
日本では江戸時代を除くと、身分のある人は原則として髭は生やすものだったから
鎌倉・室町の頃は庶民でも髭はあります。
あまり東欧圏については詳しくないのですけど、
正教会の地域だと、中世においても髭を生やしていたのではないでしょうか?
また、西欧カトリック圏でも、
国王を中心とする領主層は髭を生やしていたのではないでしょうか?
これは、うちにあります本に掲載されている肖像画から伺えるのですけど。
露助が髭剃り出したのは、ピョートル大帝以降ですのねたしか。
本人自ら鋏をもってチョッキン・チョキン・チョッキンツアーだよねえ。
・・・・・・・(サムー 逝ってきます。
日常生活についての知識なさすぎ。衛生状態は最悪。調味料が限られた
食事はゲキマズ。絶対に生まれたくもないし生活したくもない。
しかも、日本人より体臭の強い欧州人なのに風呂に張る習慣がなかった
わけだから、身の毛もよだつよ。
でもね、生活状況は中世日本もそう変わらなかったんだよ。
風呂に入らなくなったのはむしろ近世に入ってからだって
どっかで読んだよ。
ヨーロッパで、公衆浴場がなくなったのは梅毒のせいといわれています。
どうもいかがわしい事やってたようですね。
江戸時代の日本人はほぼ毎日入浴していましたが、洗髪はせいぜい月に1度だったらしい。
目の荒い櫛や紙で髪の汚れを取ってたそうです。
水の中に沈めたり、決闘で決着をつけたりと凄いのが揃ってるね。
もっとも日本にも「くがだち」というのがあったけど。
当時の裁判記録なんかではどうなっているんだろう?
例えばクガタチのような方法は,犯罪と関係なく熱湯ではやけどをするという一般的な経験則があるから無実でも躊躇する人は多そう。
当時の人はそれでは真偽の判別は困難と思いつつ建前に基づいてやっていたのか,それとも実際には熱湯に手を入れる前段にいろいろ手続があって
そこでの心証で判断しているとか。
教会法なんかのローマ法以来の精緻な法理論(衒学的,根拠のない抽象化が過ぎるという気はするけど)を見ると,
単に熱湯に手を入れるなどというのが実質上も真正な裁判方法として定着していたとは思いにくいのが正直なところ。
これはそもそも「中世ヨーロッパ」がどのへんを指すかはっきりしないからか。藁小屋の部族生活からゴシック建築のある都市生活まで全部中世ヨーロッパだもんなあ…
この話もフランク王国成立前後までの田舎部族のゲルマン法とかに限定すればそう不自然でもないか。
だれかザクセンシュピーゲルとかに詳しい人ご教示キボーン。
中世日本では熱湯の中の小石を拾い上げたり(湯起請)、証文の灰を飲み込
んだり出来るかで判断されたました。
東アフリカでは毒性の豆を飲んだりするそうです。
ただ意外とこれも信用出来るところがあります。何故かといいますとやまし
いところの無い人間程一気に手を入れたり飲みこんだりするものですから、
そういった人々の方が成功する確率が高かった訳です。
一方的な見方で笑う人が多いですが、案外それはそれでうまく纏まるように
出来ているのですから、嘲笑はこの場合偏見の産物でしか無いでしょう。
カラバル豆。別名裁きの豆。西アフリカ原産。使っていたのも東ではなく、西アフリカと思われ。
飲んで、死ななければ無罪。致死量は意外と多く、かつ嘔吐作用があるため自分は無罪だと信じていれば、一気に飲み致死量が吸収される前に吐き出して無罪となる。
有罪の場合、吐いたときには致死量を吸収。動悸も速くなっていて毒の回りが良いために死亡(有罪)。
ただ、実際に豆を飲むところまでいくことは、あまりなかったそうだ。
疑う相手に「一緒に豆を飲んで裁いてもらおう」と言った時点で「そこまで言うなら無罪だな」か「私が悪うございました」となり、決着ということらしい。
石をつけて水に沈められるより数倍マシかな?
君たちのレスを読んでそう思ったよ。
古代ローマのが、中世ヨーロッパよりも下部構造がマシみたいだし。
古代史みると、ローマでさえ結構新しいという見方もできる。
そりゃそうだよ。ヨーロッパの社会構造が古代ローマに追いついたのは、
ルネッサンス以降でしょ。
上下水道なんて古代ローマに追いついたのは19世紀も後半でしょ。
ローマじゃ今でも帝政どころか共和制ローマ時代の下水道使ってるそうだし。
>ローマじゃ今でも帝政どころか共和制ローマ時代の下水道使ってるそうだし
上水の方も、
水道水はさすがに消毒してあるけど市内に湧き出してる泉の水は
当時の水道がそのまま使われてるって本に書いてあった。
しかしローマの水道は鉛製のため市民は慢性の鉛中毒に陥っていたという罠
中途半端な知識ですまん。鉛製水道管はポンペイだけだったかも・・
いずれにせよローマ人は鉛製の食器とかつかってたんで鉛中毒者が多かったみたい。
絹は中国圏、綿は寒いところでは採れない。
ヨーロッパやイスラムの衣服って毛織物中心ですか?
麻もメジャー。
つか麻にとってかわったのが綿。
(それでも生活は貧しい)子供がいると命を削る重労働の洗濯女に
なるか絹のドレスをきた売春婦になるかしかなかった・・・
(女性の職業がとぼしかった)
よって女性はできることなら再婚をしたがったので
子持ちの中年男性でもすぐに若い後妻をもらうことができた
昔読んだヨーロッパの中世についての本でこんなようなことが
書いてあった、
いつ頃のどの国のことか細かいことは忘れちゃったけど
中世じゃなく、近代西欧の都市生活での話では。女性の職業がとぼしかったどころか、
近代以前では、娼婦以外の職業などなかったのでは。
そんなことない。中世でも女性の職人はけっこういたよ。
親方が死んだらその奥さんが親方になることもあったしね。
ただ、芸術・科学に関しては暗黒時代といってもいいとは思う。
当時のイギリスやドイツは、天国とは思えないけどさ・・・。
庶民に生まれるか貴族に生まれるかで見方は異なるだろうが
黒死病(ペスト)大流行の頃の中世ヨーロッパだけは
パスしたいね。治安が良さそうな平安時代の日本の方が、
俺的にはマシだと思う。当時の最先進国ともいえる中国の
影響で、日本の文化レベルも相対的にかなり高かったであ
ろうし。カール大帝の頃の中世ヨーロッパはある程度治安が
行き届いていたようだけど、他は小国分立の上、前半はノル
マン人やらマジャール人やらに悩まされ、後半は疾病やら戦
争やらで、王侯貴族問わず大変な時代であったと思う。
平安時代が治安がいいと言えるかなあ? 末法思想が広まる時代だよ?w
流行り病の流行やら貴族や天皇の意向で都は何度も遷都して落ち着かないうえに
国司の圧政で農民に対する課税もきつかったから浮浪人になる人間も多かったことを考えると
とても暮らしやすいとは
ここはヨーロッパ中世がメインなので簡単に、
蝦夷征伐は、事実上、
アルビジョワ十字軍とかとそうは変わるものでないと思うのですけど。
ただ、確かに言えることは、
小麦の単位あたりの生産性よりも、米で水耕ならかなり高く、
1粒あたりの生産高は高かったのは確かでしょうね。
でも、ヨーロッパも、相当な貧農でなければ、
豚やチーズ、エールによりカロリー摂取は出来たでしょうけど。
昔はブリテン島南部でワインが造れたくらい暖かかったらしいですし。
中世とひとくくりに言っても、時間的にも空間的にも広すぎて全体像が
掴みきれないでいます。10世紀と15世紀じゃ同じ中世でも随分違うし、
大陸と島、北方と地中海世界でも随分と違うように思われるのですが。
皆さんの考える中世像はどの時代のどの地域でしょうか?
>皆さんの考える中世像はどの時代のどの地域でしょうか?
私は、盛期中世(10~13世紀)を中世西欧と考えがちですね。
初期中世は古代社会の残滓が多いし、末期中世は近世への移行期を見た方が分かり易いと思います。
もちろん、主題によって多少ブレはしますが。
そういうのにくっきり区別ついてるほうが不自然ですが
古代、中世、(近世)、近代、などなどの区別は
後代の研究家が研究の便宜のために整理する区分。
当時の人たちが改暦のように「今日から中世、おめでとうございます」とか言ってたわけじゃない(W
だから実態を細かくめればみるほど、境界がぼんやりしてるのはあたりまえ。
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良かった
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■ブロリー VS アカネ
微妙なタイミングで現れるカカロット。
■ラジコン飛行機でゆっくりと遊覧飛行
■WAVEFILE/初音ミク
2001年のスレか
っつーか
むしろその時代華だったイスラム帝国に注目してやれよと
知識も聞きかじれないお前とは段違い
今の世界史板とか朝鮮ネタと釣りと電波とコミュ力0が多いが
人口増えたし仕方ないね
今ならヴィランドサガと狼の口を薦められるところかな
あの汚れ具合、絶望的空気、外敵への恐怖とかさ
ゴミ・糞尿を窓から道路にぶち撒けてた不衛生極まりない世界。
体にノミやシラミ、ウジ等が湧いても気にならない生活。
中世ヨーロッパ,衛生 で検索してみることをお奨めする。
このブログでも今年3回は見た気がするんだけど、もう書くネタ無いわ
レスも同じ感じだし。
と思ったら2001年のスレだったでござる
錬金術か・・・。
錬金術の実験費用などは、その錬金術師を雇っている城主等が出した。
なので心おきなく実験に勤しむことができた。
ただし・・・、
本当に錬金術師がいたかどうかは分からないが、お金欲しさの偽者が多く、
雇った自称錬金術師が逃げ出せないように城の一室に閉じ込められ、
金(Au)を作るまで幽閉されていたという。
作れなかったら死刑。
イタリアらへんじゃね?
東ローマ帝国滅亡の1453年までだと思ってた。
定義あいまいなのか。
道程だけど
ピルスナーが発明される前の製法で作られたビールは、
どろどろしてて酸味が強く、ドブロクみたいな味、
見た目もきついってさ。
ドイツのどこだか知らんけど。
「はちみつ酒(ミード)はうまい」そうですな。
ネット論議の場所も住み分けられたんだな。
良スレからネタスレまで色々あるからなぁ
この人のレスだけピックアップしたスレができるくらい博識だった。
今でも世界史板にいるのかな?
用語集にも載ってないってのに
うちのセキセイインコとオカメインコの大好物だよ
多いとそればっか食べて他のを食べないし太るので
毎日エサに少し数粒だけ入れてあげてる
両方とも毒抜きが面倒だったらしいな。
っていうか9年前のスレかよw
なにせ桶に糞して窓から放り投げてたんだから。
日本人は中世でもすこぶる清潔な方だった
剣闘士競技のヒーローはご婦人方の羨望の的で
金で買われて逆売春してたとか、そういった方面の情報は はしょられる
その前はテーブルに焼いた肉を直に置いて、ナイフで切り分けて手掴みで喰ってたとか。
百年戦争の時点でクロスボウの撃ち合いだったとか
滑腔銃は既に戦場に投入されたが
治金技術が未熟で鎧を貫通できず、矢の方がましだったとか
話として面白みのない部分が削られるんだよな
滑腔銃で板金鎧に穴開けて「当時でも通用した」とかやってるけど
現代の弾丸と火薬使えば、チハでもスチュアートに勝てるわw
ガラスがいつ発明されたかとか、家の構造はどうかとか、気になってしょうがない
どうせ誰にも見せないんだから適当にやればいいと自分でも思うのだが
当時の技術伝達法は口伝だから、ブラックボックスが多くなるんだよ
アルキメデスのかぎ爪とかな
西ローマ帝国に進攻した連中は使い方が分からず破壊した
ドイツに侵攻して蛇口盗んだロシア兵と同じ
ヨーロッパ諸国はローマ国境の宗教で間接的に金巻き上げる為の存在なので蛮族で当たり前
親方がそんなにいっぱいいたとでも思ってんのかねw
そこで文明が発達したが周囲との教育格差が広がりすぎた
一歩ローマの外に出ると猿人の世界
そこでローマ人がアホな猿に必要最低限の読み書きと
知能をつけるために考案したのが宗教
キリスト教は中東で生まれた有色人種の宗教だが
適当に選んでローマはこれに決めた
猿は所詮アホなので、なんか勝手に宗教裁判とかしちゃう
ローマ自体も聖地奪還派と聖地どうでもいい派に別れて、十字軍が遠征とかしちゃう
負けた教訓を元に蛮族を捻じ伏せて猿を再教育する国、アメリカが出来上がる
聖地奪還派がアメリカ使って蛮族しばいてる横で、どうでもいい派がニヨニヨしている
なんというか昔と全然変わってない
ナイフやフォークみたいに箸は加工いらないし、今でも食べてる米を作ってたなんて
最たるは「ハンブルク=ハーンの町」とかアホかと(本当はドイツ語で「港湾の城塞都市」という意味)。
語源かどうかはしらんが、私が「ぱふぱふ」を初めて見たのはドラゴンボール。
ウーロンがブルマに化けて、亀仙人のスケベジジイにアドバイスした時のセリフだったか。
「悟空がじっちゃんの金玉を枕にしてた」とかのセリフは、
今見ると随分おおらかな時代だった気もするな。
日ユ同祖論ってやつ?
上下水道や公衆浴場の文化が発達したのもイスラムと同じ
欧米の明かりが暗いのは、アジア人と白人では目のレンズの色が違うから
アジア人はもともとレンズが黄色っぽい色をしているから
蛍光灯の光が和らげられるんだが、
あちらはほぼ無色透明なので蛍光灯の光をもろに通してしまう
フランスには「明るいところで本を読むと目が悪くなる」ってことわざあるよ
日本人は農耕民族の為に若干視覚が退化した
動体視力も劣るので飛び道具が不得意
3D酔いという現象が頻繁に起こるのも日本人くらいで
FPSゲームも出来ない
誤解されがちだけど欧米人も立派に農耕民族だぞ。自然の恵みに限界があるせいで一定以上の人口増加ができない狩猟民族より、食糧の計画的増産によって人口が増えた結果更なる農地の拡大を求めて乱開発や土地争奪戦をやらかす農耕民族の方が遥かに凶暴で悪質。だからこそ欧州人は嘗て世界を征服できたんだよ
特にフランス映画がよい。
別に時代考証とかはさほど気にしない。
ジュヴォーダンの獣とか好きだった。
あの事件が起こった18世紀は中世じゃないぞ
いわゆる騎馬民族
定住で狩猟民族とかそもそもありえん
獲物がなくなっても騎馬で移動するから狩猟で食っていけるんだぜ
家を構えてしまったら家の周辺の獲物がなくなった時点で部族滅亡
トゥルーナイトなんてどうだ?
ちなみにフランス旅行はおススメだ。
中世の建物やアールヌーボの飾りがデザイン的にかなりキテる。
イタリアはイマイチ、過ぎ去った昔の国だな。コロッセオはすごいけど。
共和国時代のSPQRと銘打った2000年前の水道水は今でも飲める。普通に美味しかったよ。
働く時間が短いって事だろう。
日夜残業や12時間労働なんてありえいない。基本的にやる気なし。
それと禁欲主義って言ってもガッツカナイ事で、欲しがらない事ではない。
欧米人の祖先は氷河期の真っ白い雪原の中で獲物を見つけるために色の微妙な濃淡を見分ける色覚の方に特化した進化をしたから純粋に“光を感じる”能力自体は他の人種より劣ってるんじゃなかったっけ?
暗い森を異常に怖れた精神文化も夜目が利かない事に関係していると思ったけど
氏ねだのうちの1がだの書き込んでた基地外達は今は何をしてんだろうか
中世には、クリトリス切除した修道女とか出てくる。
実際本当に何もなかったんだろうな
うんこの悪臭立ち込めてるなかで不潔な人間が
ひしめきあってたってとこ
なんつーか中世ヨーロッパに「平和」とか「清潔」とか最もそぐわない言葉な気がする。「戦争」と「不潔」のイメージしかない。
流血沙汰や決闘が珍しくなかった。
ちなみにこれは日本でもそうだが、昔話で出てくるおじいさんおばあさんは今の感覚だと「若い」。
10代後半から20代前半で子供が生まれるから40歳くらいで孫ができる年になる。
イヌイットの住んでいる地域は、細菌やウィルスの少ない清潔な場所だよ。
と欧米の学者が言うのがイマイチ感覚的に分からなかったが
なるほど、東西でこんなに背景が違ったからそう言われるのか
サングラスとかはホントにまぶしいから必要らしい。
欧州は農耕民族だから権利とかそういうのにうるさいんだよ
裁判で「自分はヤギさえいれば女などいりません」って言って処刑された男の話を、「仕事熱心なヤギ飼いがよく解らんけど処刑された」としか思ってなかったウブな自分ではもうないんだなあ・・・
少しは歴史を勉強しろよ。
約5000年前にメソポタミアからヨーロッパに
パン用の小麦が伝えられてから、農耕中心になっていった。
日本は約3000年前まで縄文時代で農耕も存在したが、まだ狩猟を中心としてきた。
農耕の歴史はヨーロッパの方が長い。
国が発展するには農耕中心になり余剰作物を出すことにより、
侵略戦争が可能となる。
つまり、工業化されていない時代では農耕中心の国で無ければ
生産性なしの兵士という職業が存在できない。
補給も出来ないので侵略など出来なかったんだよ。
農耕=平和・温和、狩猟=野蛮・好戦的という事とは限らない。
中央アジアは狩猟民族というより基本的に遊牧民族だね
家畜の餌のあるところに移動しながら生活する。
狩猟する部族もいるけどさ。
典型的狩猟民族なのはアフリカとか昔のアメリカ原住民とかあの辺。
「サルバドールの朝」という映画で見れる。
執行室に連行され、処刑器具を見た主人公の感想。
「ハハッ。酷いな…最低だ…。」

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figma 涼宮ハルヒの消失 涼宮ハルヒ 光陽園学院ver.

